企業はなぜ「素直でいい人」を求めるのか?――実行の時代から「何をやるか」の時代へ

企業はなぜ「素直でいい人」を求めるのか?――実行の時代から「何をやるか」の時代へ

株式会社テイクアステップ 代表取締役社長 兼 一般社団法人BizOps協会 代表理事の祖川慎治です。

こんな場面に、心当たりはありませんか?

  • 採用面接で、スキルより「素直さ」「協調性」を見ている
  • 評価が高いのは、上司の指示を正確に理解して、やり切る人
  • 新規事業の企画を出しても「まずは目の前の数字を」と言われる
  • コスト削減の施策は次々に通るのに、売上をつくる施策は通らない
  • 「うちの会社からは起業家が出ない」と、どこかで感じている

これらは別々の問題ではありません。一本の線でつながっています。

この記事の要点(3行サマリ)

  • 企業が「素直でいい人」を求めるのは、戦略を伝え、実行しきってもらうのに最も効率が良いからです。 学校教育の原型が兵隊育成だったことと、構造は同じです
  • 経営者は「叩き上げ・継承・起業」の3ルートで生まれ、上に行くほど実行に強く「何をやるか」に弱い。コスト削減は経営者がコントロールできるので、デフレ環境ではこの型で勝てました
  • 売上はお客様が決めるので、不確実性が大きく、素直に実行しきっても上がるとは限りません。デフレが終わり、価値を生むのが売上創出に移った今、教育で刷り込まれた「素直さ」を一度片隅に置き、一人でも事業をやってみることを勧めます

目次

  1. 企業はなぜ「素直でいい人」を求めるのか
  2. その「素直さ」は、どこで育てられたのか
  3. でも、それでいいのか?
  4. 経営者は、3つのルートで生まれる
  5. 3ルートの強みと弱み:実行力と「何をやるか」は、トレードオフ
  6. コストは経営者が決める。売上はお客様が決める
  7. デフレは終わった。だから「何をやるか」が問われる
  8. 教育の内容を片隅に置いて、一人でも事業をやってみる
  9. よくある質問

企業はなぜ「素直でいい人」を求めるのか

結論から書きます。

戦略を伝え、実行しきってもらうには、素直でいい人が最も効率が良いからです。

企業は、他社に負けないように事業を磨き続けなければなりません。経営が戦略を決め、それを従業員に伝え、実行しきってもらう。この「伝達」と「実行」の速さが、そのまま競争力になります。

だから、企業にとっての「優秀な人」の定義は、自然とこうなります。

上司の言うことを正しく理解し、実行しきる人。

指示に疑問を挟まない。解釈のブレがない。言われた通りに動いて、結果を出す。このタイプが多いほど、戦略は現場の隅々まで一本の線で届きます。逆に、一人ひとりが「それは本当に正しいのか」と立ち止まる組織では、伝達のたびにロスが出ます。

採用で「素直さ」を見るのも、評価で「やり切る力」を重視するのも、企業の立場からすれば合理的です。悪意でも怠慢でもなく、効率の問題です。

経営者の方へ: 御社の評価制度で、最も高い点がつくのはどんな行動でしょうか。「決めたことをやり切る」が上位にあるなら、御社は実行の組織です。それ自体は悪いことではありません。ただ、この記事の後半で、その強みが弱みに変わる条件を書きます。


その「素直さ」は、どこで育てられたのか

学校教育を遡ると、その原型は兵隊を育てる教育にあった、というのが私の見方です。

近代の学校制度は、国家が国民をまとめて育成するために整えられました。富国強兵の時代です。そこで求められたのは、できる人をさらに伸ばすことではありません。できない人を、できるようにすることでした。

なぜか。軍隊では、伝令を理解できない兵士が一人いるだけで、部隊が動けなくなるからです。号令が全員に同じ意味で届き、全員が同じように動く。それができなければ、軍としての戦闘力は落ちます。だから教育の目標は「全員が一定の水準で理解し、動けること」に置かれました。

同じ教室で、同じ教科書で、同じ進度で学ぶ。先生の言うことを聞き、決められた答えを出す。この仕組みは、「伝令が通る人」を大量に育てるには、きわめてよくできています。

そして企業は、この仕組みが育てた人材を、そのまま受け取っています。学校で素直な生徒が評価され、企業で「素直でいい人」が評価される。入口から出口まで、一貫しているわけです。


でも、それでいいのか?

素直でも、いい人でもない人は、生きられないのでしょうか。そうではありません。そういう人は、勤めることを諦めるのです。

指示に「なぜ」と聞いてしまう。決められた答えに納得できない。上司の言うことより、自分の考えを優先してしまう。こういう人は、学校でも企業でも評価されにくい。

その人たちは、どこへ行くのか。

起業家になります。

つまり、起業家とは「素直でいい人ではなかった人」です。勤めることに向いていなかったから、自分で事業をつくる側に回った。私はこれを、ネガティブな話だとは思っていません。素直さの代わりに、「自分で何をやるかを決める力」を持っていた、ということだからです。

ただし、ここに一つ、皮肉な構造があります。

起業家が事業を大きくしようとすると、従業員を雇います。では、どんな人を雇うのか。もちろん、素直でいい人です。 自分の決めた戦略を、素直に実行しきってくれる人が必要だからです。

素直でなかった人が、素直な人を求める。企業が「素直でいい人」を求める構造は、こうして再生産されます。


経営者は、3つのルートで生まれる

会社の経営者は、出自で3つに分かれます。私はこれを「経営者の3ルート」と呼んでいます。

  • ① 叩き上げ型: サラリーマンとして実績を積み、選ばれて経営者になった人
  • ② 継承型: 起業家に頼まれて会社に入り、経営に携わった後、事業を譲られた人
  • ③ 起業型: 自分で事業を起こし、経営者になった人

①から③に向かって、「素直でいい人」の度合いは下がっていきます。①はもっとも素直に実行してきた人であり、③はもっとも素直でなかった人です。

どのルートで経営者になったかは、その人の能力の優劣ではありません。ただ、何で選ばれてきたかが違います。①は実行で選ばれ、③は「何をやるか」を自分で決めたから経営者になった。この違いが、次の節の強みと弱みにそのまま表れます。


3ルートの強みと弱み:実行力と「何をやるか」は、トレードオフ

上に行くほど実行に強く、「何をやるか」に弱い。下に行くほど「何をやるか」に強く、体力がないぶん博打の要素が強くなります。

叩き上げ型の経営者は、与えられた戦略を実行しきることで選ばれてきました。だから、決まったことを確実にやる、コストを削る、オペレーションを磨く。こうした「実行」はきわめて強い。一方で、「そもそも何をやるべきか」をゼロから決める経験は、相対的に少ない。デフレ環境では、コスト削減が利益に直結するので、この型が最も結果を出しました。

起業型の経営者は、逆です。何をやるかを自分で決めてきたので、イノベーションを起こしやすい。ただし、組織の体力や実行の基盤が整っていないことが多く、当たれば大きいが、外れることも多い。

継承型は、その中間です。起業家の近くで「何をやるか」を見てきたうえで、実行の責任も担ってきた。両方の視点を持ちやすい代わりに、どちらにも振り切りにくい。

ルート強み弱み向いている環境
① 叩き上げ型実行・コスト削減・オペレーション「何をやるか」をゼロから決めるデフレ・縮小均衡
② 継承型両方の視点を持てるどちらにも振り切りにくい転換期
③ 起業型イノベーション・「何をやるか」体力不足・博打要素インフレ・拡大期

ここで大事なのは、どのルートが正しいかではありません。環境によって、求められる型が変わるということです。では、なぜ環境によって変わるのか。コストと売上の、性質の違いに理由があります。


コストは経営者が決める。売上はお客様が決める

コスト削減は経営者がコントロールできます。売上拡大は、お客様がいて初めて成り立つので、不確実性が桁違いに大きい。これが、「素直でいい人」の実行力が効く範囲を決めています。

コストは、社内にあります。何を削るか、いくら削るか、いつまでに削るか。すべて経営者が決められる変数です。だから、経営者のコントロールの下で、素直でいい人が戦略を実行しきれば、コストは下がります。ほぼ確実に、計画した通りに。

売上は違います。売上の向こう側には、お客様がいます。どれだけ戦略を正確に伝え、どれだけ素直に実行しきっても、お客様が買うかどうかは、こちらでは決められない。

つまり、「戦略を伝え、素直でいい人が実行しきる」という型は、コスト削減とは相性が良く、売上拡大とは相性が悪いのです。

実行しきれば、コストは下がる。実行しきっても、売上は上がるとは限らない。

不確実性が大きいものは、決めた通りに実行するだけでは届きません。やってみて、お客様の反応を見て、「何をやるか」を途中で何度も決め直す必要がある。それは「伝令を正しく理解して動く」訓練ではなく、「自分で決める」経験からしか身につかない力です。

叩き上げ型の経営者と素直でいい人の組み合わせがデフレ環境で勝てたのは、勝負がコスト側、つまり経営者がコントロールできる側で決まっていたからです。

経営者の方へ: 御社の中期計画の数字を、「社内で決められる数字」と「お客様が決める数字」に分けてみてください。前者は実行力で達成できます。後者は、実行力だけでは達成できません。後者の達成に向けて、御社では誰が「何をやるか」を決め直していますか。


デフレは終わった。だから「何をやるか」が問われる

デフレ環境は、おそらく終わりました。コスト削減で勝てる時代が終わったなら、必要なのはイノベーション、つまり「何をやるか」を決める力です。

30年近く、日本の企業は「いかに無駄を削るか」で競ってきました。実行力の高い組織、素直な従業員、叩き上げの経営者。この組み合わせは、コントロールできるものを確実に実行するという点で、デフレ環境に最適化された型でした。

しかし、物価も賃金も上がり始めた環境では、削れるコストには限界があります。削る競争では、差がつかなくなる。

代わりに差がつくのは、売上をつくる力です。何を売るのか、誰に売るのか、どんな価値をつくるのか。前節で書いた通り、これは経営者がコントロールできない側の勝負であり、「伝令を理解して実行する」訓練では身につきません。

コスト削減ではなく、売上創出のほうが価値が出る時代です。

経営者の方へ: 直近1年で承認した施策を、「コストを削る施策」と「売上をつくる施策」に分けて数えてみてください。前者が圧倒的に多いなら、御社はまだデフレ型で動いています。


教育の内容を片隅に置いて、一人でも事業をやってみる

だから私は、一度は自分で事業をやってみることを勧めます。会社を辞める必要はありません。一人でも、小さくてもいい。

学校で刷り込まれた「素直であれ」「言われたことをやり切れ」という教育の内容を、否定する必要はありません。実行力は、これからも必要です。コストはこれからも、実行力で下がります。ただ、それを一度、頭の片隅に置いてみる。

そして、「何をやるか」を自分で決めてみる。誰かの戦略を実行するのではなく、自分の戦略を立てて、お客様に向き合い、売上をつくってみる。たとえ小さな額でも、不確実なものに自分で手を打って売上をつくった経験は、実行だけをしてきた人には決して得られないものです。

その経験は、起業する人だけのものではありません。会社に戻れば、「何をやるか」を考えられる人材として、価値が一段上がります。経営者であれば、叩き上げの実行力に、起業型の「何をやるか」を足すことができます。

素直でいい人であることは、これまで正しい戦略でした。これからも、半分は正しい。

残りの半分、「自分で決める側」に、一度立ってみませんか。


よくある質問

Q. 企業はなぜ「素直でいい人」を採用したがるのですか?

経営が決めた戦略を伝え、実行しきってもらうのに最も効率が良いからです。指示を正しく理解し、疑問を挟まずに動く人が多いほど、戦略は現場まで一本の線で届きます。企業の立場からは合理的な判断であり、悪意や怠慢ではありません。

Q. 「素直でいい人」でないと、会社では評価されないのですか?

評価されにくいのは事実です。ただ、生きられないわけではありません。そういう人は勤めることを諦め、自分で事業をつくる側、つまり起業家になります。素直さの代わりに「何をやるかを自分で決める力」を持っている、と捉えるべきです。

Q. 「経営者の3ルート」とは何ですか?

経営者を出自で分けた私の整理です。①サラリーマンから選ばれた叩き上げ型、②起業家から事業を譲られた継承型、③自分で起業した起業型の3つ。①に近いほど実行に強く「何をやるか」に弱く、③に近いほどイノベーションに強く体力に弱い、というトレードオフがあります。

Q. 素直でいい人が実行しきれば、売上も上がりますか?

上がるとは限りません。コストは社内にあり経営者がコントロールできるので、実行しきれば計画通りに下がります。売上はお客様が決めるので不確実性が大きく、決めた通りに実行するだけでは届きません。お客様の反応を見て「何をやるか」を決め直す力が必要です。

Q. 会社員のまま、「何をやるか」を決める経験は積めますか?

積めます。会社を辞めずに、一人で小さな事業をやってみることを勧めています。何を売るか、誰に売るかを自分で決めて、たとえ少額でも売上をつくる。この経験は、会社の中で戦略を実行するだけでは得られず、戻った後の価値を一段上げます。


お知らせ

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この記事を書いた人

祖川 慎治(そがわ・しんじ)

株式会社テイクアステップ 代表取締役/一般社団法人BizOps協会 代表理事。大手メーカー・大手SIerを経て、HR Techベンチャーで全社の業務改善を担うBPR部署の責任者として社内IT戦略の立案から実行・定着化までを担当。5年で300名から1,400名へ成長する組織とIPO実現を業務基盤の面から下支えした。2021年に株式会社テイクアステップを設立し、BizOps・業務プロセス設計の実行支援を行う。ポッドキャスト「どうする?BizOps」配信中。

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