株式会社テイクアステップ 代表取締役社長 兼 一般社団法人BizOps協会 代表理事の祖川慎治です。
いきなりですが、御社の経営会議でこんな場面に心当たりはありませんか?
- 全社統一プロジェクトを鳴り物入りで立ち上げたものの、事業部門の反発で半年経っても進まない
- IPO準備で、監査法人・証券会社の要求と事業のスピードのバランスをどう取るかで毎週揉めている
- 「全社最適」の旗を掲げて、結局また支援ファームに数千万円を払っている
- 「部分最適か、全体最適か」と聞かれたとき、自社として明確な判断軸を持てていない
- 全体最適の絵を描いて推進できる人材が、社内にひとりも見当たらない
ひとつでも当てはまるなら、この記事はおそらく御社の話です。
そして最初にお伝えしたいのは、これは「人材の問題」ではなく「経営の設計問題」だということ。
「うちには全体最適を担える人材がいない」と嘆く前に、見るべきものがあるんです。
それは、そういう人材が育つ場と、リスクを取れる構造を、御社の経営が用意できているか――この一点に尽きると私は考えています。
今日はこの話を、現場のリアルな会話を交えながら、お話ししていきます。
この記事の要点(3行サマリ)
- **部分最適と全体最適は「振り子」**であり、どちらかが正解ではなく、事業フェーズによって振るべき方向が変わる
- **全体最適とは「トレードオフの調停」**であり、意志と決断が要るため、AIには代替されない
- 全体最適を担える人材が育たないのは、能力不足ではなく、内製で背負うとリスクとリターンが見合わない構造を、経営が放置しているから
目次
- そもそも部分最適と全体最適、どちらが正しいのか?答えは「振り子」です
- BizOpsの仕事は「数」ではなく「率」を上げること
- 全体最適とは「トレードオフ問題」を扱うこと
- なぜ全体最適プロジェクトは支援ファームに丸投げになるのか
- 全体最適を担える人材は、AIに代替されない
- 経営者の仕事は「両方できる人材」が育つ場を設計すること
- まとめ・おわりに
- よくある質問(FAQ)
1. そもそも部分最適と全体最適、どちらが正しいのか?答えは「振り子」です
「祖川さん、結局のところ、部分最適と全体最適、どっちを優先すべきなんですか?」
これ、本当によく聞かれる質問です。
そして、私の答えはいつも同じ。
「どちらも正しいです。そして、フェーズによって振り子のように行き来するものなんです」
なぜそう言えるのか?
理由はシンプルで、事業フェーズによって優先すべき変数が変わるからです。
部分最適が正解になるフェーズ
事業が立ち上がったばかり、あるいはまだ伸び盛りで、勝ち筋を探っているフェーズ。
ここでは間違いなく部分最適が正解です。
なぜか。
このフェーズで一番大事なのは「スピード」と「試行回数」だからです。
例えば、新規事業の最初のフェーズで、どの業界に売れるかなんて、誰も最初からわかりません。
電力業界がいいのか、製造業がいいのか、流通業がいいのか。
業界でカットするのか、企業規模で切るのか、別の尺度で見るのか。
セグメンテーションは無数にあって、結局は営業が足で稼いで、N=1の声を集めて、ヒットする領域を当てていく。
それに伴って、戦略もくるくる変わっていく。
ここを狙う、いやここを狙う、いやこっちだ、と。
この試行回数が多ければ多いほど、早く当たる可能性が高くなる。
これは完全に部分最適の話です。
社内システムも同じです。
最初から完璧な全社統一基盤を作ろうとして1年かけている間に、事業の方は3回ピボットしている。
そんなことが平気で起きるフェーズですから、まずは現場が回ることを優先する。
これが部分最適の正しい使い方です。
全体最適が必要になるフェーズ
一方で、ある程度売上が立って、人数も300人、500人、1,000人と増えてきた段階。
このタイミングでは、一度ちゃんと全体最適を考えた方がいい。
一番わかりやすいのは、IPOというイベントです。
これまではイケイケどんどんで、生きるか死ぬかで走ってきた。
ところが、IPOには資金調達という目的があり、株主への還元という責任があり、上場に必要なガバナンス強化という制約がある。
これを監査法人や証券会社がチェックしていきます。
彼らからすると、伸びているかどうかは関係なくて、ガバナンスが効いているかどうかが問題になる。
すると、ITシステムも、オペレーションも、組織設計も、全体として整合性が取れているかという視点で見直しが入ります。
ここで、いままで部分最適で積み上げてきたものに、当然ながら大きな負荷がかかる。
「あちこちで分断されていて、データもバラバラ。これじゃガバナンスが効きません」
監査法人にそう言われた瞬間、全体最適に振り直すタイミングが来るわけです。
部分最適と全体最適は「振り子」のように行き来する
ここまで読んで、お気づきでしょうか。
部分最適と全体最適は、どちらかを選んで終わりではなくて、経営状況に応じてずっと振り子のように行き来するものなんです。
最初は部分最適で細分化していった。
人数も増え、組織も細分化し、結果として技術的負債も大きくなった。
じゃあ全体最適に振りましょう、と、IPOやM&Aのイベントを契機に一度作り直す。
ところが、全体最適でガチッと固めたあと、今度は事業側から「スピードが出なくなった」と文句が出る。
また部分最適に戻る。
戻したら戻したで、システムに穴が空いて、不正やインシデントが起きる。
「やっぱり全体で見直そう」と振り直す。
この繰り返しなんです。
だからこそ、経営者・責任者が問うべきは「どっちが正しいか」ではなく、**「いま、御社の事業はどっちに振るべきフェーズなのか」**という問いなんです。
2. BizOpsの仕事は「数」ではなく「率」を上げること
ここで少し、BizOps(ビズオプス:事業オペレーションを横断的に設計・改善する職能)の話をさせてください。
なぜなら、この**「振り子」の振れ幅をカバーする役割こそ、BizOps**だからです。
BizOpsには、概念としての定義と、職種としての実態の両面があります。
概念としては「事業成長に寄与するために、組織横断でオペレーションとシステムを設計・改善する機能」。
職種としての実態は、SalesOps、RevOps、CorpOps(コーポレートオペレーション)など、企業によって呼び方も範囲もまちまちです。
ただ、この記事で押さえてほしいのは、BizOpsの本質は「率を上げること」にあるという点です。
「数」を増やすのは、現場の人たちが頑張ること。
アポの数を増やすのは、IS(インサイドセールス)の方々の現場努力です。
ところが、そのアポからどれだけ商談に繋がるか、商談からどれだけ受注に至るかという「率」――ここが、BizOpsの主戦場になります。
例えば、こんな現場の話
具体例を出しましょう。
ISがアポを取りました。
その内容をフィールドセールスにつなぎます。
ここで日程調整が走るわけですが、よくあるのが、お客様都合での延期からの自然消滅。
「ちょっとこの辺NGになりまして」
「あ、分かりました。ではまたご都合の良いときに」
はい、終了。
これ、心当たり、ありませんか?
私は支援先で何百回と見てきました。
別の打合せに飛んだまま戻ってこない、ということが本当に多い。
100件のアポを取ったら100件分、ちゃんと商談まで進んで欲しいですよね。
ところが現実は、放っておくと商談化率が大きく落ち込みます。
逆に言えば、ここを救い上げるだけで、受注数を押し上げられる余地があるということです。
※商談化率の落ち込み幅や受注数の改善幅は、筆者が支援現場で見てきた実感値であり、案件やチームによって変動します。
ひと手間で、です。
「数」は現場、「率」はBizOps
じゃあ、その救い上げをするのは誰の仕事か。
ISの人たちが、自分のアポ取りをやりながら、漏れたものを毎日チェックして、メールを打って、電話して、なんて、現実的にやれません。
「データがあるんだから、システム的にリマインドする」
「自動でメールを送る」
「フィールドセールスにアラートを出す」
「いっそ電話してしまう」
打てる手は山ほどある。
これをやるのが、BizOpsの仕事です。
「数」を増やすのは現場、「率」を上げるのはBizOps。
この役割分担を、まずはハッキリさせるところから始まります。
部分最適の積み上げが、いずれ全体最適の必要性を呼び込む
そして、この「率を上げる部分最適」を積み重ねていくと、必ずある瞬間がやってきます。
「あれ、部署をまたいで設計しないと、もう率は上がらないぞ」と。
ISだけ、フィールドセールスだけ、カスタマーサクセスだけ、ではなく、RevOpsとして横串で見た方が、結局は事業の数字が伸びる。
複数事業ならさらに上、グループ全体の整合性まで含めて見ないと、現場のオペレーションが詰まる。
つまり、部分最適を真面目にやればやるほど、そのうち全体最適の入口に立つことになるんです。
ここで、多くの会社が躓きます。
なぜか。
全体最適は、部分最適とまったく別のスキルが要るからです。
3. 全体最適とは「トレードオフ問題」を扱うこと
ここから、本記事の核心に入ります。
全体最適とは、平たく言えば**「トレードオフ問題を扱うこと」**です。
なぜなら、全体最適の現場では、ある部署を立たせると別の部署が立たないということが、ほぼ必ず起きるからです。
事業側を優先すればコーポレート側が苦しくなる。
コーポレート側を優先すれば事業のスピードが落ちる。
満場一致なんて、まず起きません。
IPO直前、私が実際にぶつかった話
具体例を一つ。
ある支援先でIPOプロジェクトが立ち上がりました。
社長室主導で、各事業を巻き込んだ全社的な取り組みです。
監査法人と証券会社からは、
「いついつまでは、システム改修もオペレーション改修もOKです。ただし、それ以降はストップ。我々がチェックする時間を確保するので、3ヶ月は変更しないでください」
と言われます。
監査側はチェックの時間を取りたいので、できるだけ早めに止めたい。
ところが事業側は、ガンガン伸びている真っ最中。
システム改修も、オペレーション変更も、毎週のように要望が上がってきます。
しかも、ガバナンス系の改修は、フロント業務と芋づる式に繋がっていることが多い。
ある部分を止めると、芋づる式に他のところも止まってしまう。
「事業からは『もっと遅らせろ』と言われています」
「監査法人からは『早めろ』と言われています」
「どっちを取りますか?」
これが、全体最適の現場で実際に起きる会話です。
答えは「どっちが正しいか」ではない
ここで、よくダメな対応をしてしまう人がいます。
【パターンA:意志を放棄する人】
「えーと、どっちを優先すべきでしょうか?皆さんのご意見を伺いたいんですが」
これ、最悪です。
なぜなら、意志を持っていないから。
意志がないと、対立する両者は永遠に平行線です。
事業側は「事業を優先しろ」、監査側は「ガバナンスを優先しろ」と言い続けるだけ。
「皆さんで決めてください」と言って逃げたら、絶対に決まりません。
【パターンB:ファシリテーションをやり切る人】
「事業側のメリット・デメリットはこうです」
「監査側のメリット・デメリットはこうです」
「私はこう考えますが、皆さんはどうですか」
「このスケジュールであれば、両者の懸念を最小化できる落とし所が、ここにあります」
「ここで合意いただきたいのですが、いかがでしょうか」
と、自分の意志を持ったうえで、両者のテーブルをセットし、合意形成まで持っていく。
これが、全体最適を担う人の仕事です。
トレードオフ問題を扱っていない人は、全体最適をやっていない
これは断言します。
トレードオフ問題を扱った経験がない人は、全体最適をやっていません。
論拠は明確で、全体最適の本質はトレードオフの調停にあるからです。
「みんなが満足する素晴らしい全体最適案を作りました」
そんなものは存在しません。
存在するとしたら、誰もまだ困っていないか、誰も本気で見ていないか、どちらかです。
そして、トレードオフを扱うということは、必ず誰かを”へこませる”判断をするということ。
へこまされた側からは、当然怒られます。
「なんであのときああいうこと言ったの?こっち気持ちよくなかったじゃない」
そう言われてからが、勝負なんです。
4. なぜ全体最適プロジェクトは支援ファームに丸投げになるのか
結論から言うと、全体最適が支援ファーム丸投げになるのは、「担える人材がいない」からではなく、「内製で担うと個人がリスクを背負い、リターンと見合わない構造」になっているからです。
ここまで読んでいただいて、ある問いが浮かんでくるはずです。
「そんな嫌な役回り、誰がやりたがるんだ?」
これが、まさに核心です。
そして、ここが多くの会社が「全社最適プロジェクト」を、結局支援ファームに丸投げしてしまう本当の理由でもあります。
内製でやると、最後は「お前が悪い」になる
内製で全体最適プロジェクトを進めると、何が起きるか。
うまくいけば、誰も褒めません。
「まあ、そういう仕事ですよね」で終わる。
ところが、うまくいかなかった瞬間に、矛先がこちらを向きます。
「いや、こんなはずじゃなかったよね?」
「そもそもこの案、誰が考えたの?」
「お前が旗を立てたんだよね?」
会社によっては「人を責めずに、何が問題かを特定して直す」と表向きは言います。
でも、本音のところで犯人を探していない組織はないと私は思っています。
なぜなら、人間は「誰のせいで?」と問わずにいられない生き物だからです。
責任者が立てた旗で進めた以上、その責任者に矛先が向く。
サラリーマンとして、これは結構なリスクです。
支援ファームに頼むと「支援ファームが悪かった」で済む
一方、支援ファームに全体構想を作ってもらった場合はどうか。
ヒアリングして、整理して、綺麗な提案資料を作ってくれます。
経営会議で「この方向でいきましょう」と満場一致で決議し、プロジェクトがスタート。
で、半年経って思うように進まなくなったとき、何が起きるか。
「あの最初の構想、ちょっとピントずれてたよね」
「支援ファームがちゃんと現場見てなかったんじゃない?」
「次のフェーズは別のファームに頼もうか」
はい、支援ファームが切られて終わりです。
旗を立てた責任者は、支援ファームを切るという形で責任を取った体になり、安泰。
これ、皮肉でも何でもなく、構造として、こうなっているんです。
サラリーマンとしては「合理的」な判断
ここで責任者個人を責めても仕方ありません。
なぜなら、サラリーマンとして見たときに、全体最適を内製で背負うのは、リスクとリターンが見合わないからです。
やってもやらなくても、給料は劇的には変わらない。
やれば嫌われ、叩かれ、最悪「お前のせい」と言われる。
やらなくても、誰も困らない。
なら、支援ファームに頼んだ方が、という判断が、ある意味で合理的になってしまう。
「全体最適を担える人材がいない」のではなく、「担うインセンティブがない構造になっている」――こう捉え直した方が、経営としては正確だと私は思います。
「誰々さんが言ったから」の免罪符
もう一つ、全体最適プロジェクトを腐らせる典型パターンがあります。
それが、「誰々さんが言ったから」という免罪符です。
社内でこんな会話、ありませんか?
「これ、なんで作ることになったんでしたっけ?」
「えーと、営業部長がやってくれって言ったんです」
「経営企画の役員が、ぜひ欲しいと」
「社長が、ご要望されていまして」
はい、これ、思考停止の典型です。
トヨタ式の「なぜを5回繰り返す」というのが有名ですが、現場で本当にやれている会社は、本当に少ない。
「なぜ、これをやるのか」
「そもそも課題は何で、背景はどこにあるのか」
ここから遡って一個一個ロジックで繋ぎ直さないと、全体最適なんて絶対に作れません。
なぜなら、全体最適とは、ロジックでトレードオフを調停する仕事だからです。
「誰々さんが言ったから」というのは、論理から逃げているだけ。
ロジックが繋がらないから、権威者の名前を免罪符として使う。
それでうまくいくわけがないですよね。
5. 全体最適を担える人材は、AIに代替されない
ここで少し、視点を変えます。
「これからAIが進化して、こういう仕事はAIに置き換わるんじゃないの?」
経営者の方からよく聞かれる質問です。
私の答えは明確で、率を上げる”作業”の多くはAIに代替される。しかし、どの率に手を入れるかを決める判断と、全体最適の核心部分は、AIには代替されない。
理由をお話しします。
ここで誤解してほしくないのは、「率を上げること=AIに丸ごと奪われる」ではない、という点です。BizOpsの本領は「率を上げること」ですが、その中身を分解すると、(1)どの率がボトルネックかを見極め、どこに手を入れるかを決める「判断」と、(2)リマインドの自動化やアラート設計といった「実装作業」に分かれます。AIに代替されていくのは、後者の(2)です。前者の(1)――事業のどこが詰まっているかを見極め、優先順位をつける判断は、むしろ人間の価値として残ります。
AIが得意なのは「分析」と「実装作業」
AIは、率を上げる施策の実装や、データに基づく分析、フレームワークでの整理が得意です。
3C分析(顧客・競合・自社)、4P分析(製品・価格・流通・販促)、PEST分析(政治・経済・社会・技術)。
こういったフレームワークに沿って、論点を整理し、可能性を漏れなく洗い出すのは、もはや人間の比ではありません。
24時間動きます。
文句も言いません。
指示を間違えてもすぐに修正を受け入れて、瞬時に出してきます。
支援ファーム業界のジュニアクラス(ビジネスアナリストや若手メンバー)の仕事の多くは、AIに置き換わっていく未来が見えています。
AIが「言い切らない」領域こそ、人間の戦場
ところが、AIには決定的にできないことがあります。
それは、**「言い切ること」**です。
AIは、こう言います。
「こういう可能性もあります」
「このデータからは、この見方も成り立ちます」
「重要な観点として、以下も考えられます」
全部「可能性」止まりなんです。
なぜなら、AIは情報を整理し、選択肢を骨子として提示することはできても、最後に「これでいく」と決断する責任を負えないから。
トレードオフ調停の現場では、
「事業側にはこう説明し、監査側にはこう説明し、最終的にはこの日付でいく」
「この決定で誰かが怒っても、私が引き受ける」
ここまでセットで決め切る人がいないと、何も前に進みません。
これは、AIには代替できない。
意志を持って、ロジックを通して、合意形成し、責任を引き受ける――これが、人間に残された仕事です。
そして、これこそが全体最適を担える人材の核心スキルなんです。
フレームワークを「最初から最後までやり切った人」はほとんどいない
少し耳の痛い話をします。
3C、4P、PEST、SWOT。
これだけ有名なフレームワークでも、自分の事業について、最初から自分でリサーチして、データを集めて、ゴリゴリに分析して、結論まで導いて、社内で説明し切った経験を持つ人は、私の体感では本当に少数です。
事業企画やマーケティングの専門家でない限り、ほぼいません。
それくらい、「自分の頭でロジックを最後まで通す経験」は、希少なんです。
ましてや、全体最適の構想を、自分で情報収集して、仮説を立てて、まとめ上げて、経営会議に稟議として出した経験のある人――BizOps領域でこれをやれている人は、本当に一握りです。
「ドラスティックに変えなくていい。でも、現状からあるべき姿までロジックで橋を架けて、こう改善しましょうとプロジェクト提案を稟議に上げる」
これをやったことがある人は、自分が普段、いかに「文句だけ言って終わっていたか」がよくわかります。
正直に告白すると、私自身もそうでした。
事業会社の責任者になりたての頃、「あの部署が動かないからダメなんだ」「あの人が決めてくれないから進まないんだ」と、社内政治の文句ばかり言っていた時期があります。
ところがある全社プロジェクトで、自分が稟議の書き手として立たされた瞬間、世界が反転しました。
現状分析、あるべき姿、ギャップ、優先順位、トレードオフの整理、各部署への根回し、合意形成のシナリオ作り。
ロジックを一個ずつ繋ぎ直す作業は、想像していた何十倍も重く、終わったときに思ったのは、**「ああ、俺はあのとき、ただの観客席から文句を言っていただけだったな」**ということでした。
惨敗の経験ですが、ここを越えないと、全体最適は語れません。
ここを越えてくる人材がいるかどうかが、御社が全体最適を内製で回せるかどうかの分かれ目になります。
6. 経営者の仕事は「両方できる人材」が育つ場を設計すること
結論はシンプルです。部分最適と全体最適、その両方をできる人材を、経営が意図的に育てること。そしてそのための「リスクを取れる場」を、経営者自身が設計して渡すことです。
ここまでお読みいただいて、経営者・責任者として一番気になるのは、
「で、結局どうすればいいんだ?」
という点ですよね。
答えはシンプルです。「両方できる人材を、意図的に育てる」。
これに尽きます。
片輪では、振り子を乗りこなせない
部分最適しかできない人は、いずれ全体最適の局面で詰まります。
「もう部分最適の改善余地は使い果たしました。これ以上はムリです」と。
逆に、全体最適しかできない人は、現場のオペレーションを設計し切れない。
絵に描いた餅で終わる、典型パターンです。
両方できて初めて、「いまフェーズはどっちだから、こっちの思考で動こう」と、振り子を乗りこなせるようになります。
こういう経験は、規模感のある事業会社でしか積めない
ここが経営者にとって見落とされがちなポイントですが、全体最適の経験は、一定規模の事業会社のなかでしか積めません。
理由は、トレードオフが本気で発生するレベルの組織規模が必要だからです。
会社を分割するときの、その目線。
事業がぼこぼこ立ち上がってくるときの、その判断。
グローバル展開で、子会社と親会社、子会社同士の整合性を取るときの、その経験。
これらは、ベンチャーで一人で全部やっている段階では、絶対に積めません。
逆に言えば、御社が一定の規模に育ったいま、社員にこの経験を意図的に積ませる場を設計できるかどうかが、5年後の経営の自由度を決めます。
育てる場のつくり方は、泥臭い
「育てる場の設計」と言うと、研修制度のような綺麗な話に聞こえるかもしれません。
ただ、私の実感としては、もっと泥臭い話です。
そして大事な順序として、いきなり「全体最適の旗手をやれ」と任せると、現場の信頼も実績もない人が絵を描くことになり、誰も乗ってきません。
まずは、現場が喜ぶ部分最適(=改善)を泥臭く回してもらって、現場の信頼と一次情報を獲得する。
「あの人がやってくれるなら助かる」「あの人の言うことは現場をわかっている」――そう言われる状態を作ってから、全体最適(=改革)に乗り出してもらう。
改善で信頼を貯めてから、改革に踏み出す――この順序を経営者側が理解していないと、人材は途中で潰れます。
そのうえで、
- 経営直下で意思決定の場に座らせる
- トレードオフの調停を実際に経験させる
- 失敗したときに「お前が悪い」で終わらせず、構造的な学びとして共有する
- 「誰々さんが言ったから」の免罪符を、その場で潰す文化を作る
こういう、経営者自身が「リスクを取れる場」を、人材に渡すこと。
これがなければ、いくら優秀な人材を採用しても、全体最適は育ちません。
支援ファーム丸投げを続けるという選択肢もある
念のため言っておくと、「支援ファームに頼り続ける」という選択肢が悪いわけではないです。
経営判断として、
「うちは事業のスピードを最優先にする。ガバナンス系の全体最適は、その都度支援ファームに頼む」
という割り切りは、ありえます。
ただし、そのコストと、内製人材を育てるコストを天秤にかけ、経営として意識的に選んでいるかが問われます。
「気がついたらいつも外注になっていた」というのは、選んでいるのではなく、選ばずに済ませてしまっている状態です。
そして、選ばずに済ませてきた会社が、いずれ「全社統合プロジェクトが何度もコケる」「支援ファーム費用ばかりが膨らむ」という形で、ツケを払うことになります。
7. まとめ・おわりに
長くなりましたが、お伝えしたかったことを、最後にもう一度整理します。
- 部分最適と全体最適は二項対立ではなく、振り子のように行き来するもの
- 部分最適は「率を上げる」仕事、ここはBizOpsの本領。ただし”実装作業”はAIに代替されやすく、“どの率に手を入れるかの判断”は人に残る
- 全体最適は**「トレードオフ問題」を扱う仕事**、ここは意志と決断が要る
- だからこそ全体最適は嫌われやすく、責任が個人に降りかかりやすい
- 結果として、全社最適プロジェクトは支援ファームに丸投げになりがち
- これは「人材の問題」ではなく**「経営の設計問題」**
- 経営者の仕事は、両方できる人材が育つ場を、リスクごと渡す形で設計すること
AIに多くの仕事が代替されていくこれからの時代、BizOpsを担う一人ひとりが問われるのは、情報整理でも骨子の提示でもありません。
情報整理も、骨子の提示も、AIが瞬時に出してきます。
そのうえで、トレードオフを引き受け、意志を持って言い切れるか。
ここが、これからの数年で、BizOps人材の価値を二分する分水嶺になると私は見ています。
そして、その人材を育てる責任は、現場ではなく経営の側にあります。
御社が次に「全社最適プロジェクト」を立ち上げるとき、支援ファームに丸投げで済ませるのか、それとも内製で意思決定できる人材を育てる場として位置づけるのか。
その選択が、5年後の経営の自由度を決めます。
そしてもう一つ、BizOpsを担う一人ひとりの方にお伝えしたいのは、この**「トレードオフを引き受けて言い切る経験」は、会社の看板ではなく、あなた個人の名前に積み上がる資産になる**ということです。
「〇〇株式会社の人」ではなく「〇〇さんが入ったプロジェクトは形になる」と言われる人材になれるかどうか。
そのキャリアを取りに行ける場が、御社の中にあるかどうか。
ここも、経営として一度立ち止まって考えていただきたいポイントです。
8. よくある質問(FAQ)
Q1. 部分最適と全体最適、結局どちらを優先すべきですか?
A. 二者択一ではありません。事業が立ち上がったばかりで勝ち筋を探しているフェーズは部分最適が正解、IPOやM&Aなどガバナンスが問われる局面では全体最適に振る必要があります。経営が問うべきは「いま自社はどちらに振るべきフェーズか」という一点です。
Q2. なぜ全社最適プロジェクトは支援ファームへの丸投げになりやすいのですか?
A. 「担える人材がいない」からではなく、「内製で担うと個人がリスクを背負い、リターンと見合わない構造」になっているからです。全体最適はトレードオフの調停であり、必ず誰かを不満にさせる判断を伴うため、失敗時に個人が矢面に立ちやすくなります。
Q3. 全体最適を担う仕事は、AIに代替されますか?
A. 分析やフレームワーク整理、率を上げるための実装作業はAIに置き換わっていきます。ただし、トレードオフを引き受けて「これでいく」と言い切り、責任を負う判断は人間に残ります。
Q4. 全体最適を担える人材を育てるには、何から始めればいいですか?
A. いきなり全体最適の旗手を任せると、現場の信頼がなく誰も乗ってきません。まず現場が喜ぶ部分最適(改善)を任せて信頼と一次情報を獲得させ、その後に経営直下でトレードオフの調停を経験させる順序が有効です。
Q5. 支援ファームに頼り続けるという選択肢はアリですか?
A. 経営判断として、それも一つの選択です。ただし「事業スピードを優先し、ガバナンス系の全体最適はその都度支援ファームに頼る」と意識的に選んでいるかどうかが問われます。気づいたら毎回外注になっていた、という状態は、選ばずに済ませているだけです。
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