『名前のない仕事』から『名前のある機能』へ ── BizOpsに名前を与えると、なぜ組織が変わるのか
株式会社テイクアステップ 代表取締役社長 兼 一般社団法人BizOps協会 代表理事の祖川慎治です。
御社にこんな心当たりはありませんか?
- 「あの人がいなくなったら、この業務は誰が回すのか」と、社内で名前が挙がる人がいる
- その人の仕事を一言で説明しようとすると、肩書きのどれも当てはまらない
- DX推進室やタスクフォースを作ったが、数年で解散し、成果が定着しなかった
- 全社に効くはずの改善提案が、どの部門の予算にも入らず止まっている
一つでも当てはまるなら、原因はその人の能力不足でも、部門の怠慢でもありません。事業に不可欠な機能なのに、組織の中に名前がついていないという一点に尽きます。
先に結論を書きます。
名前のない機能は、組織図に載りません。組織図に載らなければ予算がつかず、予算がつかなければ人が配置されず、結果としてその機能は特定個人の献身だけで支えられます。そして、その人が抜けた瞬間、機能ごと消えます。
この因果連鎖を止める最初の一手は、難しい制度設計ではなく「名前をつける」ことです。この記事では、名前のない仕事の実態、名前がないことで起きる因果連鎖、その解決策として設置されがちな「DX推進室」がなぜ機能しないのか、そして名前を与えることが組織に何をもたらすのかを順に整理します。
目次
- 名前がないと何が起きるか ── 先に因果連鎖を見る
- 「何でも屋」の正体 ── 既存職種から差し引いた残り
- なぜ名前がつかないのか ── 戦略と実行の間の構造的ギャップ
- 対策として作られる「DX推進室」が機能しない理由
- 名前を与えると何が変わるか ── 「マーケター」に学ぶ効力
1. 名前がないと何が起きるか ── 先に因果連鎖を見る
事業に不可欠な機能であっても、それに名前がなければ、組織の中で次の連鎖が起きます。
- 名前がない ── 何と呼べばいいかわからない
- 組織図に載らない ── 名前がない箱は図に描けない
- 予算がつかない ── 図に載らない機能に、予算の申請根拠が立たない
- 人が配置されない ── 予算がなければ採用も異動もできない
- 個人の献身に依存する ── 誰かが「気づいたら動く」形でしか機能が存在できない
- その人が抜けると機能ごと消える ── 属人化した機能には後継者がいない
この連鎖の起点は、能力でも意欲でもなく「名前」です。名前がないから、組織はその機能を制度として扱えません。制度として扱えないから、属人化する以外の存在の仕方がない。
御社にも、こうした「透明人間」がいるはずです。成果は出している。事業を支えている。ただし、その仕事が正しく認知されず、評価されず、再現可能な形で組織に定着していない人です。
なぜ、こうした機能に名前がつかないのか。次の節で、その実態を掘り下げます。
2. 「何でも屋」の正体 ── 既存職種から差し引いた残り
私は2014年、HR Techベンチャーに営業企画として入社しました。最初の仕事は1人でSalesforceの管理者を務める「1人ADMIN」。そこから事業戦略本部にBPR部を立ち上げ、社員数250名から1,400名へ拡大する過程を支えました。
その間に担った業務を並べると、営業プロセスの設計と改善、Salesforceを中心としたシステム構築・運用、業務フロー全体の可視化と最適化、経営数値の集計基盤の構築、部門横断プロジェクトの推進、新規事業立ち上げ時のオペレーション設計です。
営業でもなく、エンジニアでもなく、経営企画でもなく、情報システム部門でもありません。どの部署の仕事とも重なりながら、どの部署にもきれいに収まらない。「何でも屋」と呼ばれるのが当たり前になっていました。
試しに、転職サイトでこの仕事にぴったりの職種カテゴリを探してみると、どれも少しずつズレます。
| 職種カテゴリ | ズレる理由 |
|---|---|
| Salesforceエンジニア | 仕事の本質はコーディングではなく、業務設計と現場への定着 |
| 経営企画 | 戦略策定やM&Aが中心で、現場のオペレーションまで踏み込まない |
| 事業企画 | 新規事業の企画・立案に寄りすぎている |
| 情報システム部門 | インフラやセキュリティが主軸で、業務プロセス設計は守備範囲外 |
「Salesforceエンジニア」から技術開発の比重を差し引き、「経営企画」から戦略策定の純度を差し引き、「事業企画」から新規事業の成分を差し引き、「情シス」からインフラ管理を差し引く。その「差し引いた残り」を全部足し合わせたものが、この仕事の実態です。
既存の職種カテゴリのどれにも収まらないから、名前がない。名前がないから、「大した仕事ではない」と誤解されることさえあります。
しかし、この仕事は名前がないのに、いないと困ります。部門間の業務フローを設計している人が突然いなくなったら。営業プロセスとデータの整合性を保っている人がいなくなったら。経営会議に出す数字の正確性を担保している人がいなくなったら。事業は静かに、しかし確実に混乱します。
この「名前のない仕事」に共通するのは、戦略と実行の間に立っていることです。なぜこの「間」が構造的に生まれるのか、次の節で見ていきます。
3. なぜ名前がつかないのか ── 戦略と実行の間の構造的ギャップ
構想を描く人と、実行する人が、組織の中で別々に存在しています。経営層は中期経営計画で事業変革の方針を掲げ、現場は目の前の業務をこなす。その間を誰がつなぐのか、多くの企業でこの問いに対する答えが不在です。
具体的に見てみます。ある企業の経営会議で「営業生産性を30%向上させる」という方針が決まったとします。経営層はKPIを設定し、各事業部に目標を下ろします。現場の営業マネージャーは「わかりました」と応じますが、実際に何をどう変えれば30%向上するのかは、誰にも見えていません。
営業プロセスのどこにボトルネックがあるのか。SFA(営業支援システム)のデータは正確に入力されているのか。商談のステージ定義は全社で統一されているのか。受注後のオペレーションは営業の工数を圧迫していないか。
これらを可視化し、改善策を設計し、システムに実装し、現場に定着させる。この一連の仕事を誰が担うのか。経営企画は方針策定に専念し、営業部は目の前の数字を追い、情報システム部門は依頼されたシステム要件を実装するのが仕事です。全体を見て、業務プロセスとシステムの両面から手を動かせる人が、構造的に不足しています。
この構造は、公的な調査データからも裏づけられます。IPA「DX白書」によると、日本企業のDX成熟度は5段階中の平均1.67にとどまり、レベル4(全社横断で最適化)以上の企業はわずか1%です。
この数字が示すのは、ほとんどの企業が個別業務の部分最適に留まっているという現実です。営業部門だけ、経理部門だけ、人事部門だけの改善で終わり、部門を横断した全体最適――事業全体のオペレーションを俯瞰し、一貫した仕組みとして設計・実行する段階に進めていません。
理由は、その役割を担う「機能」が組織内に定義されていないからです。経営は方針を示す。現場は業務を回す。この二つの間には、翻訳し、設計し、実装し、定着させる一連の仕事が必要ですが、それを担う機能に名前がなく、組織の中で位置づけられていません。
このギャップを埋めるために設置されるのが「DX推進室」や「全社横断タスクフォース」です。しかし、これもまた別の壁にぶつかります。次の節で、その構造的な理由を見ていきます。
4. 対策として作られる「DX推進室」が機能しない理由
戦略と実行の間にギャップがある。それを埋めなければならない。多くの企業がこの課題に気づき、DX推進室の設置や全社横断タスクフォースの立ち上げ、CDO(最高デジタル責任者)の任命といった対策を打ってきました。しかし、成果が出ているケースは限られています。
理由を理解するには、少し歴史を遡る必要があります。
1990年代から2000年代にかけて、日本企業はERP(基幹業務システム)を大量に導入しました。このとき導入されたシステムの多くは「経営のため」に設計されたもので、「現場のため」ではありませんでした。営業が受注率を上げるためのオペレーション改善、カスタマーサポートが顧客体験を高めるためのプロセス設計、マーケティングがリードを効率的に育成する仕組みづくり。こうした「売上を伸ばす側」の改善は、優先順位で後回しにされていました。
その後、情報システム部門が「社内ITの番人」として定着しましたが、見る範囲が広すぎました。インフラ、セキュリティ、基幹システムの保守、社内ヘルプデスク。経営企画部門や事業企画部門も同様に、見る範囲が広すぎて、現場の細かなプロセス変更にスピード感を持って対応できる体制ではありませんでした。
この構造に変化をもたらしたのが、2010年代に加速したSaaSの普及です。クラウド上のサービスが急増し、現場のマネージャーが情報システム部門の承認を待たずに業務ツールを導入できるようになりました。「現場主導のIT化」が進み、現場が自走し始めたのです。
すると、部門ごとにバラバラのツールが乱立し、データの整合性が取れない、部門Aの出力と部門Bの入力がつながっていないという新しい課題が生まれました。全体最適どころか、部分最適同士が衝突する状態です。
この課題を解決するために設置されるのがDX推進室ですが、ここに構造的な限界があります。
| 一時的なプロジェクト組織(多くのDX推進室) | 常設の機能として設計した場合 |
|---|---|
| 期間終了や目標達成をもって解散する | 事業がある限り存在し続ける |
| 各部門からの兼務メンバーで構成される | 専任として現場に深く入り込む |
| 現場との接続が中途半端になりやすい | 現場の業務プロセスを深く理解した上で動く |
DX推進室の多くは「3年計画でDXを推進し、成果が出たら解散」「特定のシステム刷新が完了したらミッション終了」という一時的なプロジェクト組織として設計されます。これでは、全体最適を設計・実行・定着させる常設機能にはなりません。
しかも、配属されるメンバーは各部門からの兼務であることが多く、本業を持ちながら全社横断のプロジェクトにも参加します。結果として現場との接続が中途半端になり、現場の業務プロセスを深く理解しないまま「全社方針」を掲げても、現場は動きません。
全社横断の旗を振る人はいる。しかし、現場のオペレーションに入り込み、業務とシステムの両面から手を動かす人がいない。「構想する人」と「実行する人」の断絶が、組織構造の中で再生産されているのです。
必要なのは、プロジェクト型の一時的な組織ではなく、事業のオペレーション全体を常に見続け、改善し続ける常設の機能です。この機能には、長らく名前がありませんでした。
5. 名前を与えると何が変わるか ── 「マーケター」に学ぶ効力
2022年のある日、私はあるSaaS企業の方が書いたnote記事で「BizOps」という言葉に出会いました。読み進めるうちに「これだ」と感じました。
暗中模索の約10年。自分の仕事に名前がつけられず、家族にも友人にもうまく説明できなかった日々。その経験のすべてが、この一つの言葉に集約されていました。
BizOps(Business Operations)は、事業(Biz)とオペレーション(Ops)をつなぎ、全体最適を設計・実行する機能です。戦略と現場の間に立ち、業務プロセスとシステムの両面から事業を動かします。
名前を得た瞬間、見えている景色が変わりました。「うまく説明できない仕事」だったものが、「BizOpsをやっています」と言えるようになった。それだけで、自分の仕事に対する解像度が一段上がったのです。
名前の力は、「マーケター」の例を考えるとわかりやすくなります。マーケティングの仕事は実際にはとても幅広く、広告運用、SEO、コンテンツ制作、ブランド戦略、CRM(顧客関係管理)、データ分析と、やっていることは人によってまったく違います。それでも「マーケターです」と名乗れば、相手は「ああ、マーケティングの人ね」と理解してくれます。細かい違いはあっても、「マーケター」という言葉がふんわりと括ってくれるのです。
この「ふんわり括れる力」を、名前のない機能にも持たせる必要があります。長々と説明しなくても、一言で伝わる状態を作ることが、組織にとっての第一歩です。
これは単なる「名前をつける遊び」ではありません。名前を見える化することの本質的な意義は、「ムリ・ムダ・ムラをなくし、事業成長に寄与する」ための全体最適を設計・実行する機能を、組織の中に確立させることにあります。
名前があれば、組織図に載ります。組織図に載れば、予算の申請根拠が立ちます。予算がつけば、人を配置できます。人が配置されれば、機能は個人の献身に依存せずに存続できます。
「何でも屋」と呼ばれ、組織の隙間で黙々と働いている人たち。彼ら・彼女らが透明人間から脱するための第一歩が、「名前を与える」ことです。名前は輪郭を与え、輪郭があれば定義ができ、定義があれば育成ができ、育成ができれば組織に根づきます。
御社の中に「名前のない仕事」を担っている人がいるなら、その仕事に名前をつけることから始めてください。それだけで、世界は変わり始めます。
よくある質問
Q1. 「名前をつける」だけで、本当に組織が変わるのですか?
A. 名前をつけただけでは変わりません。名前は輪郭を与える第一歩に過ぎず、その先に定義・育成・組織への定着という工程が必要です。ただし、輪郭がなければ定義も育成も始められないため、名前をつけることは避けて通れない出発点です。
Q2. BizOpsという言葉を使わなくても、社内で同じ機能を定義できますか?
A. できます。重要なのは「BizOps」という単語そのものではなく、戦略と実行の間をつなぎ、部門横断で全体最適を設計・実行する機能に、社内共通の呼び名と定義を与えることです。呼び名は社内の言葉に合わせて構いません。
Q3. すでにDX推進室を作ったのに機能していません。何を見直せばいいですか?
A. まず、一時的なプロジェクト組織として設計されていないかを確認してください。期限つきの解散が前提になっている、メンバーが全員兼務である、現場の業務プロセスへの理解が浅いまま方針だけを掲げている。この三つのいずれかに当てはまる場合、常設の機能として設計し直す必要があります。
Q4. 「何でも屋」と呼ばれている担当者自身にできることはありますか?
A. あります。自分の業務を並べて書き出し、既存の職種カテゴリのどれと重なり、どこがズレるのかを整理してみてください。この記事の第2節の表のように整理するだけで、自分の仕事の輪郭が見え始めます。その上で、経営に対して「この機能に名前と予算をつける必要がある」と提案することが、次の一歩になります。
無料相談のご案内
社内に「名前のない仕事」を抱えている、DX推進室を作ったのに定着しない。そんな経営者・責任者の方は、お気軽にご相談ください。
現場に入って一緒に整理するところから始めます。初回のご相談は無料です。
参考文献・出典
- DX成熟度の数値(5段階評価で平均1.67、レベル4以上の企業が1%)は、IPA「DX白書」によります
- 「名前を与えると仕事の解像度が上がる」という気づきのきっかけとなったnote記事は、あるSaaS企業の方が執筆したものです(社名・氏名は伏せます)
- 戦略と実行の間の構造的ギャップ、DX推進室が機能しない理由に関する考察は、筆者が執筆中の書籍『BizOps本(仮題)』第1章の議論を再構成したものです
- 筆者自身のキャリア(2014年HR Techベンチャー入社、1人ADMIN、BPR部立ち上げ、社員数250名から1,400名への成長を支えた経験)は、筆者(祖川慎治)自身の実体験に基づきます
この記事を書いた人
祖川 慎治(そがわ・しんじ)
株式会社テイクアステップ 代表取締役/一般社団法人BizOps協会 代表理事。大手メーカー・大手SIerを経て、HR Techベンチャーで全社の業務改善を担うBPR部署の責任者として社内IT戦略の立案から実行・定着化までを担当。5年で300名から1,400名へ成長する組織とIPO実現を業務基盤の面から下支えした。2021年に株式会社テイクアステップを設立し、BizOps・業務プロセス設計の実行支援を行う。ポッドキャスト「どうする?BizOps」配信中。